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高次脳機能障害のある方に対する運動学習ってどうやって進めれば良いのかな?
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こんな人のための記事です。
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理学療法士は患者さんの基本動作能力の向上を図る上で運動学習理論を活用しますが、そもそも運動学習理論は健常者をモデルとしたものです。
高次脳機能障害のある方は学習障害を伴っていることが多く、そのままの運動学習理論を当てはめても上手くリハビリが進むとは限りません。
そのため臨床では高次脳機能障害のある方に対して、運動学習を促そうと工夫をこらすことが誰にでもあるかと思います。
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とは言え、どこからどう考えてリハビリを進めていけば良いのやら…。
高次脳機能障害のある方に関わる上でよくあることと言えば、
● 突然怒りだしてしまう
● すぐにベッドに横になってしまう
● 練習したことを覚えていられない
● そわそわして不定愁訴が絶えない
● いつまでたっても行動に移すことが出来ない
● 状況判断が出来ない
● 傾眠傾向
ということで、高次脳機能障害は程度によっては運動学習の大きな妨げとなり療法士を悩ませることもあろうかなと。
私も高次脳機能障害のある方の運動学習を進める上で日々頭を捻っていますので、その気持ちメッチャ分かります。
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そんな訳でこの記事は、
● 高次脳機能障害のある方の運動学習を進め方の分かりやすくするモデル
を、まとめました。
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マズローの欲求階層
どうも練習への動機付けが上手く出来ないんだよね…。
「動機付け」とは「こういうことをしたい」「あんな風になりたい」という欲求と行動が結び付き、実行に移すことです。
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しかし、例えば易疲労性のある方で、いざ練習となるとなかなか意欲的に歩行練習に取り組めない方もいらっしゃいます。
退院したら歩けるようになるから練習は必要ないよ
人は誰でもいきなり意欲的になれるとは限りません。
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このようなケースではマズローの欲求階層を用いて患者さんの状況を分析すると良いと思います。
マズローの欲求階層は、
● 人は下位の欲求階層が満たされると、その次の上位の階層を満たしたくなる
● 逆に下位の階層が満たされない限り上位の階層を満たそうという意欲は沸かない
という人の欲求を階層構造でモデル化したものです。
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つまり、練習に意欲的になれない要因として、練習をすることによって満たされるであろう欲求よりも下位の欲求が満たさていない場合には、まずは下位の欲求の階層から順に満たしていこうという進め方です。
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生理的欲求
生命維持に必要な、いわば本能的な欲求です。
● 呼吸
● 食事
● 飲水
● 睡眠
などがこれに該当します。
病院に入院中の患者さんは健康状態を害され呼吸が苦しい。あるいは、慣れない入院生活で満足に睡眠が取れていないなどの状況に陥ることもあります。
第1に患者さんが健康的に過ごしているのかを確認しましょう。
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安全性の欲求
健康状態を維持するのに必要な状況が整っているかどうかです。
● 入院の費用で家族を困らせていないか?(経済的安全性)
● 歩く練習をしている最中に転んで骨折しないか?(事故の防止)
● 練習すると汗ばんで気持ちが悪い(快適な生活)
第2にこのような諸々の安全を満たしているかを確認しましょう。
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親和・所属の欲求
自分が社会的に果たせる役割があるかという感覚です。
ヒトは社会的な動物と言われるように、集団を形成して他者との関わりの中で生活しています。
そのため、
● 孤独
● 他者から拒絶されてしまう
● 無縁状態で頼れる人がいない
● 誰からも愛されていない
このような状態では、不安感が募り、うつ状態の原因にもなりえると言われています。
第3には患者さんが他者から受け入れられ、いわゆる「居場所がある」「居心地が良い状態である」かを確認しましょう。
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自尊の欲求
集団に所属していると安心すると、そのうち、それだけでは満たされなくなります。
自分は価値ある存在でありたいと考えるようになるのです。
● 他者から尊敬される(他者からの自尊)
● 地位・名声への渇望(他者からの自尊)
● 注目を浴びる(他者からの自尊)
● 自己肯定感(自己による自尊)
● 知識・技術の習得(自己による自尊)
● 自立性(自己による自尊)
自尊には2種類あると言われています。
特に、自己による自尊は内的な動機付けに繋がり、自己学習の継続に有効と考えられています。
初めは他者からの自尊が満たされやすいのですが、リハビリを進めていくにつれて自己による自尊を満たされているかも確認しましょう。
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自己実現の欲求
4つの階層の欲求を満たしていたとしても、人は自分に適していると感じられることをしていない限り不満が募っていきます。
自己実現への欲求が高まっていったとき、世界の偉人はこんな言葉を残しました。
● 坂本龍馬:「我が成す事は我のみぞ知る」
● キング牧師:「I have a dream.」
● オードリー・ヘップバーン:「何としても避けたかったのは人生を振り返った時に映画しかないという事態です」
つまり、
Let it go ~ . Let it go ~ .
彼女のように「ありのままの自分」で生きていきたいと感じるようになるのです。
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患者さんがいつかここまで行き着くようなきっかけを作れたら理学療法士冥利に尽きるだろうなとも思います。
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神経心理循環
神経心理循環は、非営利活動法人日本脳外傷後遺症支援ユニオン(Japanese Union of Traumatic Brain Injury Rehabilitation and Advocacy;JUTRA)によって考案された高次脳機能障害のリハビリテーションの進め方を示したものです。
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神経心理循環の優れている点は、
● 高次脳機能はそれぞれ単体で存在する訳ではないことを理解できる
● 高次脳機能はそれぞれが影響を及ぼし合って認知・行動として表出される
● 高次脳機能を適切に発揮するにはそれぞれの機能だけでなく、身体機能も含めて身体全体にアプローチする必要性を理解できる
つまり、高次脳機能障害のある方のリハビリを進める上で、全体的な流れが理解しやすくなります。
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正の神経心理循環(positive neuropsychological spiral;PNS)
神経心理循環は高次脳機能を発揮、あるいは鍛える前提として、身体的な耐久力が不可欠であることを教えてくれます。
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つまり、
① 呼吸・循環の改善
……….↓
② 意識・覚醒の改善
……….↓
③ 運動・姿勢の改善
……….↓
④ 摂食・嚥下の改善
……….↓
⑤ 身体的耐久力・精神的耐久力の充実
……….↓
⑥ 諸々の高次脳機能が向上
……….↓
⑦ 活動性の向上によりますます呼吸・循環が改善
という順番で正のスパイラルを生み出すことが重要という考え方です。
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身体的・精神的耐久力が向上すると自分自身を抑制できるようになります。
抑制が利くようになって初めて、意欲や発動性が生じます。
意欲を持てば物事に集中するようになります。
物事に集中すると周囲の情報を獲得できます。
情報を獲得できれば記憶に残りやすくなります。
記憶を元にこの先の見通しや段取りを立てることができます。(遂行機能)
立てた見通しや段取りを実行することで現実感を得ます。
現実感を得ることで自分の置かれている場所や時間を認識します。(見当識)
自分の置かれている状況から自身に関する気付きを得ます。(総合的な認知機能)
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出自に諸説あれども「健全なる精神は健全なる身体に宿る」という言葉は間違いではないのかとも思えます。
理学療法士が身体機能を充実させることは、その先の運動学習を円滑に進める基盤となるんだね!!
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負の神経心理循環(negative neuropsychological spiral;NNS)
神経心理循環は高次脳機能に関して、負のスパイラルに陥りうることも示しています。
つまり、
① 自分の置かれている状況を冷静に見つめられない(見当識の低下)
……….↓
② 状況を冷静に分析できなくなり現実感を損なう
……….↓
③ 現実感が損なわれると先の見通しを立てにくくなる(遂行機能の低下)
……….↓
④ 先の見通しを立てなくなると物事を記憶に留めなくなる(記憶の低下)
……….↓
⑤ 記憶することがないので情報を獲得しようとしなくなる
……….↓
⑥ 情報獲得の必要がないと物事に集中する必要もなくなる(注意機能の低下)
……….↓
⑦ 物事に集中することがないと意欲も低下する
……….↓
⑧ 意欲が低下して自制が利かなくなる(脱抑制)
……….↓
⑨ 自制が利かない状態は精神的耐久性を損なう
……….↓
⑨ 精神的耐久性の低下は疲労感を招き、不活発となって身体機能低下を生じる
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まとめ
.高次脳機能障害のある方の運動学習を進め方の分かりやすくするモデルをまとめました。
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① 練習への動機付けにはマズローの欲求階層を使うと問題点が整理しやすくなる
② 高次脳機能のある方の全体的な分析は神経心理循環を使うと順序立てて考えやすくなる
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目の前の高次脳機能障害のある方が、どのようなところがきっかけで運動学習が妨げられているのか、ポイントが整理しやすくなったなら嬉しいです♪
ありがとうございました!!
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